話は1976年の4月にワシントン州シアトルで起こった。救急車がある心臓発作の患者をハーバービュー医療センターに運びこんだときにはじまる。
患者はマリアという名のメキシコ系の女性で、年齢は50歳前後。農作物の収穫を仕事とし、同じワシントン州のカスケード山脈から市内見物に来ていて発作に襲われた。
病院では若いソーシャルワーカーのキム・クラーク・シャープがマリアの世話をした。キムは後に大学医学部の助教授になった人である。マリアの親戚に連絡をとろうとしたが電話はつながらなかった。
マリアが収容されてから三日後のこと、キムは緊急処置班が彼女のオフィスの前を通ってマリアのベッドに駆けつけるのを見た。彼女もマリアの病室へ急ぎ、ドアのところに立って「救命隊」が活動を開始するところを見守った。マリアの心臓は止まっていた。
バッグからエアが押し出され、患者の喉に送りこまれた。医師と看護師が患者の胸を押し、心電計がプリントアウトを床に吐き出しはじめた。
電気ショックが試され、患者の体の両側に命の綱ならぬ命の電極がつけられた。心電計の画面に浮かんでいた平坦な線が突然跳ね上がり、山形のパルスに変わった。マリアは蘇生した。
その数時間後、キム・クラーク・シャープは緊急治療室の看護師から呼び出され、患者のところへ行って気持ちをしずめてやってほしいと頼まれた。ひじょうに興奮していて、いつまた心停止が起きないともかぎらないという。
キムが入って行くと、マリアはあたふたといかにも混乱したようすで話しはじめた。「私見てたんですよ。全部見てたんです。先生や看護師さんが走りまわって、大声出してましたよ。それからみんなで私の胸をバンバン押して。機械から紙がどんどん出てきて、そのへんに山のようにたまってたし、先生が私の顔に何か押しつけてたし・・・・・」
マリアは蘇生処置がとられるあいだ、自分は天井あたりにいて、自分のベッドのまわりでみんながやっていることを見ていたのだと言った。私たちはキム・クラーク・シャープに会い、当時の話を聞いた。
マリアは私(キム・クラーク・シャープ)がドアのところにいたことは覚えていませんでした。もっともそこはベッドから離れていましたけどね。
ほかのことは全部正しく話しました。そのとき部屋に誰がいたかも、どんな装置があったかも全部そのとおりでした。それでも私は彼女が見ていたなんてことは、信じられませんでした。そのころまだ臨死体験なんて言葉もありませんでしたし、今みたいに、こういうテーマの資料がどこでも手に入るわけでもありませんでしたしね。
私は人からそんな話を聞くのははじめてでした。マリアはきっと耳が聞こえていたんだと思いました。人が死ぬときも聴覚は最後まで残るといわれていますから、彼女がまわりのようすを音から理解したとしても不思議はないんです。
心停止が起きたときはどんな処置がとられるか、誰かに聞いていたかもしれないし、誰が手当するかもだいたいわかっていたかもしれない。そのチームがずっと彼女の面倒をみていたわけですから。だから彼女はそういう断片的な情報をもとに、頭の中でいわゆる穴埋めをやって、場面を再構成したんだと思いました。
それからマリアはこう言いました。窓の外の何かがちょっと気になった、そしたらそう思っただけで、もうその場所へ行っていたって。心が瞬間的にその地点まで移動していったみたいで、部屋の中で幽霊みたいにただよっていたときはぜんぜん違っていたそうです。
最初彼女は緊急処置室の窓のすぐ外の、病院の玄関の上あたりの空間にとまっていました。そしてドアが自動的に開くことだとか、自動車がどこから入って来てどこから出ていくとか、細かく描写しました。全部そのとおりでした。
私はそれはきっと、掃除のおばさんが床を掃こうとして彼女のベッドを窓ぎわに押していったんだと思いました。そうすれば窓の外が見えますから。
でもそんな考えは愚かでした。だって彼女はチューブやワイヤーでいろんな機械につながれてるわけです。掃除のおばさんがベッドを動かそうとしたら、危篤の患者からいちいちそういうものをはずさなければなりません。そんなこと考えられませんもの。
それに、たとえ何かで窓ぎわに寄れたとしても、彼女が見ていたという出入口のあたりは、屋根にさえぎられて見えなかったんです。
でも私はそういう事実をよく考えようとしませんでした。彼女が言っていることがどうやったら説明できるか、それしか頭にありませんでした。
ところが彼女はそのあと、こう言い出したんです。あるもののことがすごく気になっている、病院の三階にあるものだけど、その場所は最初見ていたあたりとはぜんぜん別なんだって。彼女が興奮している一番の理由はそれでした。彼女は私にそれを探しに行ってくれと言うんです。片方だけになったテニスシューズでした。きっとあるからとってきてほしいと真剣な顔で頼むんです。
まさかそんなことがと思いました。彼女があんまり真剣なので、信じてあげたいとは思いました。それでも大学の医学部で教育を受けた人間としては、「そんなことが起こるはずがない」としか言えなかったんです。信じることはできませんでした。
キムはとにかく患者の気のすむようにと外に出た。駐車場から病院の建物を見上げてみたが、どの窓にもシューズらしきものは見えなかった。あきらめて帰ろうと思ったが、念のため三階を歩いてみることにした。
部屋を一つひとつ回って窓を調べました。窓は小さくて、下の張り出しを見ようとすれば、ガラスにぴったり顔をあててのぞかなくてはなりません。でもシューズが見つかるなんて思っていませんでした。ところがある窓まで来て下を見たとき、ほんとうにシューズがあったんです。目を疑いました。これはもう、ほんとうにショックでした。
頭にいくつか考えが浮かびました。マリアはほんとうはハチドリなんじゃないかとか。それだって信じられる気分でした。さもなければ、そこから一キロほど離れた繁華街の高いビルにマリアが何かでのぼることがあって、何かで上の階のオフィスに入って、高性能の双眼鏡か望遠鏡を使ってこの窓の下のテニスシューズを見つけたんじゃないかとか。
心臓発作を起こして、その当の病院に収容される場合に備えて、それだけのことをやっておいたんじゃないかって。でもいったい何のために?ハチドリ説のほうがまだましのようでした。
こう信じることもできました。マリアは「死んでいた」あいだ、体から抜け出して建物をあっちこっち動きまわって上の階にも行った。だから、このシューズみたいな小さなもののことまで話すことができたんだって。
細かいことまで言っていました。シューズはだいぶいたんでいて、靴ヒモはつぶれたかかとの下敷きになっているとか。見つけたシューズはそのとおりだったんです。でもそのとき、マリアが色については何も言っていなかったことに気がつきました。
どうにかショックから立ち直った私は、窓から手をのばしてシューズを引き上げ、急いで彼女のところにとって返しました。でもシューズはバッグに隠していきました。私は一生懸命平静をよそおってマリアのそばへ行き、もう一度シューズのことをたずねました。はじめて色のことを聞いたんです。
ブルーよ、と彼女は言いました。私のバッグには確かにブルーのシューズが入っていました。そこでもう一度、シューズがどんなだったかをたずねました。
「靴ひもがかかとの下に押し込まれてるわ。小指のところがすっかりすり切れてる」
私はそれを聞いてはじめてバッグからシューズをとり出し、彼女にわたしました。そのときの彼女のうれしそうな顔! 二人ともすっかり感動してしまって、抱き合って喜びました。
そのときはもう迷いはありませんでした。この女の人は、どう見ても死んでいたあの時間、機能をなくした肉体を抜け出していた、そう信じることができました。そのとき私の生死観が完全に変わりました。マリアは私の生涯の師になったんです。
引用 死後の生 ジェフリー・アイバーソン著
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